中国 遼東半島の旅2(大連)

8月13日 中国東北部最後の旅は大連である。大連というと日本人なら旅順港を思い浮かべる。しかし重要軍事エリアということで普通にはこの地帯には入れません。ツアーがあるはずだと旅行社に行ってみました。しかし、二百三高地-旅順ツアー料金は高額なので(お金持ちの日本人はせっかく来たのだからと契約するのだろう)すっぱり断念し、街観光に切り替えました。

 

ロシア人街から下町を散策をしました。一般観光客が闊歩するメインストリートのきらびやかな街並み、歴史的な渋い建造物はたしかにすばらしいのだけれど、ちょっと裏通りに入ると写真のような公共サービスに疑問を感じる光景が広がり驚かされます。

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一旦ホテルに戻り、駅前の食堂に行ってみました。そして写真の食堂に入り、メニューにカレーがあったのでおもしろがって注文してみました。しかしそれは外観だけのとんでもない代物でした。おまけにビールも含めメニューに書いてあった額の倍の金額を請求します。チェックしない日本人ならうっかり支払うのでしょうが私は抗議しました。しかし、女主人(写真)は開き直ってまくし立てます。結局、面倒になって支払って出ました。いろいろトラブルもあった旅だけど、金額はともかくこの食堂でぼられたことが一番悪い印象になってしまいました。

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午後からは大連市民の憩いの場だという労働公園へ行ってみました。ところが、そこはものすごい数の熟年がトランプ博打に興じている異様な雰囲気の公園でした。これが年金生活を保障されている共産中国都市戸籍の老人の行く末なのでしょうか。

次に労働公園の奥にある写真のテレビ塔に登ってみました。旅の終わりに大連を一望しようと思ったのです。ところが、すごいスモッグに真下の下界ですらかすんでいます。

今回の中国旅行ではどちらかというと最後まで中国の問題の部分に接することが多く、その未来を心配させられる旅になりました。

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中国 遼東半島の旅(丹東と大連)

8月11日 瀋陽駅を朝出発して国境の町:丹東に行きました。丹東市は中国と北朝鮮の国境の町で両国の物流の拠点です。

 

11:50 丹東に着くと駅前の国鉄直営丹鉄大酒店にチェックインしました。まずは国境見物ということで鴨緑江河畔まで出てみました。対岸の北朝鮮へは鉄道や道路で結ばれて往来はかなり多いようです。

鴨緑江には遊覧船があったので、50元で北朝鮮視察をしてみました。対岸の北朝鮮は、写真でも分かるように生活感が漂い、現代的な丹東の町並みに対して、北朝鮮の貧しさが対照的です。

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次にタクシーで万里の長城の東端があるという虎山に向かいました。16:20と閉門の時間も近いので40元のチケットを買って、急いで城壁史跡を歩いて登ります。山頂から蛇行する国境の鴨緑江とそのまわりに広がる湿原や農地や山々を眺めていると、雨が降ってきました。雨具がなかったので、櫓で雨宿りしながら雨足の強弱を縫って下山しました。

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18:00過ぎには丹鉄大酒店にもどりましたが、特に街中には見るべきところもないので、最後の目的地となる大連観光の計画を練ります。

 

翌日 丹東から大連までは鉄道がない区間があるので、駅のある途中の庄河という街まで10:10発のバスで行くことにしました。が、これが思わぬトラブルを招きました。どうも大連まで直接行く客ばかりで、庄河で下車するのは私だけだったようです。庄河らしいところに来ても高速をそのまま走っているので、チケットを運転手に見せました。すると、なんと運転手は下の一般道と立体交差している地点でバスを停め、ここから降りて庄河へいけ!と言うのです。仕方なく下車して高速の土手(写真)を滑りおり、下の一般道でタクシーを拾って庄河駅に向かうことになりました。さすが中国です。

庄河駅に着くと、大連行きの列車の出る15:20まで時間があったので庄河の街をぶらつきましたが、相変わらず街のいたるところで多数の熟年層が麻雀やトランプをやっています。大連には18:45に着き、最後の宿ということでちょっと贅沢して駅に近い日月潭大酒店という高層のホテルにチェックインしました。

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中国旧満州縦断の旅2(黒竜江省)

 

8月8日 ハルピンの宿は駅前の北北大酒店というホテルでしたが、8時前にバババババというけたたましい音で起こされました。テロでもあったのだろうかとすぐに窓の外を見ると、ホテルの入口に写真のように臨時のゲートができてすさまじい数の爆竹がならされていました。一体何事だろうと食堂に降りていくと結婚式が開催されていました。かなりオープンな雰囲気で、朝食後そのかなりケバいパーティー会場にも入ってみました。

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さて、ハルピンというと日本人として必ず行っておきたいのは731部隊(関東軍防疫給水部本部)跡です。これは、第二次世界大戦期の生物学的な研究機関です。戦時中にできた施設なので生物兵器の研究施設くらいに思っていたのですが、現代人の常識ではあまりにも非人道的な実験も行われていたようです。例を上げれば、寒さ暑さなどの外的要因による人間の限界点、様々な薬や細菌、妊娠や出産に関する実験など、これらを中国人捕虜や民間人を使った人体実験で行っていたのです。このような実験は、戦後絶対に行えないので、貴重なデータと共にここに従事していた者も連合軍によって闇に消えているそうです。ここの見学は常に一定数の人しか入場できないよう厳しく管理していて、内部の写真も撮れません。説明は中国語と英語ですが、希望すれば日本語の案内もつけることができるようです。戦時中に日本が中国でやってきたことは、必ずしも中国では正しく伝わっていないことも多いのですが、この731部隊の現実は日本人として直視しなければならないものだと思います。

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ハルピンの街は、ロシア(ソ連)の影響を強く受けています。特に中央大街周辺は、建物からさまざまな施設までロシアの街のような光景が広がっています。路上ではクラッシックやジャズ、演劇などのパフォーマンスが普通に行われ国際的です。

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日が傾いてきた頃、黒竜江(アムール川)の川縁に着きました。その広場では多くの書道家?が水で漢詩を書いています。水が流れるようにすらすらと達筆で書かれている文字、よく見ると書き順は日本とは少し違うようです。やがて遠くの向こう岸からは虹色のスポットライトが輝き川のライトアップが始まります。それと共にさなざまな施設や作り物も点灯しお祭りのような風情になってきました。

この夜は、最後に龍塔と呼ばれるランドマークタワーに登ってハルピンの夜景を十分に楽しみました。しかし、のどが渇いたので、私はうっかりお茶の自動販売機のボタンを押してしまいました。中国では冷たいお茶にはたっぷりの砂糖が入っています。これって何とかならないのでしょうか。

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